元々タウンズビルには様々なインディへナの部族が住んでいました。代表的なものに Wulgurukaba、Bindal、Girrugubba、Warakamai、Nawagiなどがあります。 特に Wulgurukaba族は、タウンスビル地域に由緒ある部族だと唱えています。
1770年
- ジェームス・クックがタウンズビル方面に航海に来ました。しかし実際に本土には上陸していないといわれています。この際クック船長はタウンズビルの東にある島に、マグネティックアイランドと命名しています。
1819年
- フィリップ・パーカー・キング船長、そして植物学者のアラン・ Alan Cunningham がヨーロッパからの使者として初めてタウンズビルに上陸しました。
1846年
- James Morrill was shipwrecked from the Peruvian, living in the Townsville area among the Bindal people for 17 years before being found by white men and returned to Brisbane。
1864年
- この頃、メルトン・ヒルにキャンプが設営され、初期の開拓が始まりました。
1866年
- ロバート・タウンズ(Robert Towns)が後のタウンズビルになる場所を訪れます。この時タウンズは3日間滞在しただけでしたが、この町の発展のために資金の提供の協力をします。タウンズビルの名は、ロバート・タウンズにちなむものです。
1896年
- サトウキビの栽培や、真珠の養殖、なまこの採集などの産業に従事する契約労働者のため、日本人が約4000人ほど滞在します。この際オーストラリア初の日本領事館が開設されます。しかし、後に白豪主義の導入により、タウンズビルを離れる日本人が増え、1908年には閉鎖されました。
1942年~1946年
- 太平洋戦争時、タウンズビルには軍事基地が設置され、オーストラリア軍、アメリカ合衆国軍など併せて90,000人が駐屯します。また、1942年には日本軍の空襲を受けています。現在は米軍は駐留していません。同州中部・北部の都市からは多くの戦争花嫁がアメリカに渡ったと言われます。
